「100%の答えが出ると死ぬ。」Welcome to Art


先日、バイオリニストの佐藤俊介さんのインタビュー記事を読んだ。
”2歳の頃からバイオリンを始めた彼は4歳で渡米、
12歳から北米で演奏活動開始。
これまでにバイエリン放送交響楽団、NHK交響楽団などの楽団、
チョン・ミュンフンさんらの指揮者と共演。”
と異彩な経歴の持ち主なのだが、
そのインタビュー記事で心に残った言葉がある。
● 100%の確信。
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彼が来年6月から、30年余り楽団を率いた指揮者
ヨス・フェルトホーフェンさんの後任として
音楽監督に就くことに関して、
記者から質問された際に
「ゼロから作り上げることが大事。
本当にこれでいいのか疑い、探し続ける。
芸術は100%確信を持った答えがでると死んでしまう。
続けていくには欲求不満でいなければ。」
と回答している。
● 禅問答
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話は飛ぶが、
白い紙の前に長らく佇んでいると
否応無く、自分の内側と向き合わさせられる。
「何を描く?」
というシンプルな問いから始まったとしても。
そして、
それは画面が大きくなればなるほど
その傾向が増すようだ。
逃げたくなることが、ある。
それも、幾度となく。
それでも、同時に、
こういう時間こそが有り難いのだとも感じる。
絵を描くということは
どういうことなのだろうか。
絵を通して何を表現していきたいのか。
何を成し遂げたいのか。
という問いに真摯に向き合う時間にもなるからだ。
いつも答えは出ないのだけども。
そして、出たとしても、
瞬時に空中に消え去っていくものなのだけども。
一枚の紙の前に身を置くことは
禅問答の始まりでも、ある。
そして、今日も、
その禅問答を繰り広げながら
絵を描く行為を広げている。
●一言編集後記
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絵を描くことと、音楽を弾いでることは、
当たり前だが、同じではない。
でも芸術、という一括りには、できる。
だからこそ
「芸術は100%の答えが出ると死んでしまう」
という佐藤さんの言葉を読んだとき、
ホッとした。
絵を描く途中でも、
疑念が湧き上がることがある。
正解のない世界だからこそ、
正解を求めたくなってしまうのだが、
100%の答えが出なくていいのだ、
と思えることで、
潔く、今ある全てを出し切るしかない。
と良い意味で開き直れる気がしています。
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2017.9.12 Tuesday(*KAYO-BI)
Kayo Nomura
*KAYO-BI:毎週火曜日に更新しています。

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