心を解放する時 Open Mind

2019.05.28

するする描ける時と、筆が進まない日と
交互にやってくる。

するする描ける時は、「これについて描こう」と
キーワードと、それに紐つくイメージが頭の中にあって
それを紙に落としていく感覚。

筆が進まない日に無理矢理描こうと思っても
全然納得がいかない作品になることが多い。

そういう時は、本を読んだり、雑誌を眺めたり
散歩に行ったり、何かしら情報を入れたり、
体を動かすことで、流れに乗りやすくなることが多い。


BRUTUSの「心を解放する旅、本、音楽」
行き詰まった時に手に取った雑誌だ。

そもそも心を解放するってどういうことだろう?

雑誌に書かれていた、小説家/ミュージシャンの町田康さんの
エッセイが的を得ていた。

“曰く「心って自分に属するものですから、
心を解放するというのは自分の問題です。

じゃあ解放ってなんだろう?

と考えると、「自分」というものに対する
こだわりや執着から解放されることだと思うんです。

例えば、人にどう思われてるか気にしている時は
「自分」に対するこだわりがある。”
(BRUTUS 2018 10/15号 p25より)

自分というエゴにとらわれない状態が
心を解放するということなのかな。

その一方で、自分がなくなるわけでもない。

自分を自分として認識している姿もある。

エゴ=こだわり、執着

では、どうしたら、
そういうこだわりや執着から解放できるのだろうか?

絵を描く時の場合でいうと、
「良い絵を描こう」と思っている時はエゴだらけ。

逆に冒頭の、するすると描ける日の状態はエゴからではない。
こういう時が、心が解放されている、ということなのかもしれない。

*5月30日から始まる個展で一緒に展示予定の
日記の抜粋から。

2019.5.28 火曜日
Kayo Nomura

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