一瞬に永遠を閉じ込める行為 Mitsubachi to Enrai

2017.12.05


昔から小説を読むのが好きだ。
外出する時には必ず本を忍ばせているぐらい好きだ。
今、私の鞄の中に入っているのは
奥田陸さんの『蜜蜂と遠雷』。
直木賞と本屋大賞のW受賞でも
話題になった本作。
一度読んで感動し、
そのまますぐに再読しているほどに。
作品内容の詳細はこちらに譲るとして
具体的にどの箇所に感動を覚えたのかというと
まずは、言葉の粒達。
● キラキラ光る
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例えば
・雨が黒く線を描いて落ちてくる
・矛盾するイメージを無理なく併せ持っている
・人生への祝福と呪詛が交錯する
・漂白の作曲家、土着のメロディ
・修験者が握っている錫杖の音のように
小説の一部を切り取っただけでは
たいした感動も覚えないかもしれないが
文章の中から浮かび上がってくる言葉の粒は
私にとってはキラキラしていて、美しく感じる。
思わずノートにメモってしまうぐらいに。
● 一瞬と永遠 
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そして小説の中の随所に
描くことへのヒントを感じるのだ。
例えば
野活け師の富樫が16歳の音楽少年
風間塵と会話をしてるシーン。
そこにとてつもなくシンパシーを感じる。
少し長いが、要所要所の会話は以下の通り。
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(少年)
「失礼ですけど、活け花って矛盾していますよね。
それこそ、自然界の中にあるものを切り取ったり、
折ったりして、生きているかのように見せる。
ある意味、殺生をしてわざわざ生きているように
見せかけるのって矛盾を感じませんか。」
その口調は淡々としていて、富樫はハッとした。(中略)
(富樫)
「そもそも我々は殺生しなくては生きていけないという矛盾した存在なんだ。
我々の生存の基本となる、食べる事自体がそうだろう。
食べるという行為の楽しさは、罪深さと紙一重だ。
僕は、野活けをする時に、いつも後ろめたさや罪深さを感じているよ。
だから、活けた一瞬を最上のものにするよう努力している。」
富樫は考えながら続けた。
「化粧品会社のコピーにあるだろう。
一瞬も、一生も、美しく。
たぶん、一瞬というのは永遠なんだ。
その逆もしかり。最上の一瞬を作る瞬間は、活けている僕も
最上の一瞬を生きていると実感できる。
その瞬間は永遠でもあるんだから、
永遠に生きているとも言えるね。」
風間塵は、富樫の言葉の意味を咀嚼するように宙を見上げた。
「うーん。活け花って音楽と似てますね。」
(中略)
(少年)
「再現性という点では、活け花と同じでほんの一瞬。
ずっとこの世にとどめておくこおてゃできない。
いつもその一瞬だけで、すぐに消えてしまう。
でも、その一瞬は永遠で、再現している時には永遠の一瞬を
生きることができる。」
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● 閉じ込める行為
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絵を描きながら常々思う。
絵を描く行為というのは
一瞬の中に永遠を閉じ込める行為
だということを。
その時々の中で感じた想い、
表現したい気持ち。
それ自体は一瞬だけども、
それを紙面という永遠の中に
閉じ込めている気がする。
その時々の想いや真理を
冷凍保存するような。
その時感じた真理を
白紙の中に宿す行為を
今日も明日も続けていきたい。
● 一言 編集後記
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絵を描くことと小説を読むこと。
言葉にいつも、力をもらって生きている。
そういう意味で、私にとって
小説を読む時間も、絵を描く時間なのである。
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2017.12.5 Tuesday(*KAYO-BI)
Kayo Nomura
*KAYO-BI:毎週火曜日に更新しています。

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