力が入る時は、うまくいかなくなるサイン。 Hey, Loosen Up!
日々の生活の中でのささやかな楽しみ。
その中の一つが、とある出版社の編集者Sさんが書いているメルマガ、だ。
5のつく日に配信されるそのメルマガは、
心を真ん中に戻してくれる言葉で散りばめられている。
かといって、大それた言葉は一切使っていない。
平易な言葉で、仕事での出来事や日常から拾った事柄から
「あ、そっか、、」「うんうん、そうだよね。」
とハッとさせられたり、そうだそうだ、と頷いたりするような
そんなサラサラとした物語のようなメルマガだ。
先日、そのSさんの記念すべき200号目のメルマガが配信された。
そこには、11年続いてきたことを通しての、とある気づきが書いてあった。
●力が入るほどうまくいかなくなるカラクリ
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メルマガを配信するにあたって、1年ぐらい前まで、
何か「大したこと」を書かなければいけないと思い込んでいたとのこと
自分を良く見せたいという、ちょっとした思いもあり
書く時間と推敲の時間を合わせるとかなりの時間数になっていたとのこと
だが、ある時、どうしても時間が取れなくて、短時間のうちに
思いついたまま書き連ねて配信せざるおえなかった際、
その文章を見返した際に、あとから見返してみると
大したことを書こうと身構えていた時と文章が大差なかったばかりか、
力みがないぶん、よい内容に見えたということ。
要は
「よい文章を書かないと」と力が入れば入るほど
そういう文章から遠ざっていってしまったということだ。
思い返せば、私も、絵を描く時
「アッと言わせるものを描こう」等、下心があると
とんでもない絵に出来上がる。笑。
去年からスタートさせたこのKAYO-BI JOURNALも、そう。
毎週火曜日がやってくると「げ、もう火曜日だ。何を書こう…」と悶々とし
「いいこと書かないと」「わかりやすく書くべし」と
べきべし、と固定観念で懲り固まった状況で書いてしまうと、
翻訳機のような日本語で、ぎこちなく文章を紡いでいる自分がいる。
その時書ける最大限をいつも書いている(つもりな)のだが、
後々読み返すと「あちゃー」と目を覆いたくなる文章だったりする。
●心のあり方が全てを決める
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再び、冒頭に紹介したメルマガに話を戻す。
本文の後に掲載されている、編集後記がまた読み物として興味深い。
特別に許可をいただいたので少々長文だが、以下転載します。
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このところ仕事では、ある本のリライトをしています。リライトとは、もともとある原稿の文章を加筆修正したり練っていく作業で、今回の場合はあらたに文章を加えることも多く、ライティング(文章を一から書いていく)に近いものがあります。文章をつくるということは(このメルマガでもそうですが)、かなりメンタルの部分、気持ちのもちようが大きいものです。
もうずいぶんと前のことですが、ある本のライティングを自ら行ったとき(ふつうはライターの仕事ですが、ごくたまに編集者がする場合もあります)、エンジンが切れてしまったようにどうにも進まず、2、3時間座っても、ほんの数行しか進まないといったことがありました。当時は気ままな一人暮らしでしたので、気分転換に近くのコンビニまで飲み物を買いに出ました。もう11時を回っていたと思います。コンビニにはパジャマ姿に上着を羽織っただけの中学生ぐらいの女の子がいて(おそらく親と一緒だったのだと思います)、鼻歌で当時ヒットしていた『亜麻色の髪の乙女』という歌の一節を口ずさんでいました。
その女の子の鼻歌を聴いた瞬間、頭をガツンと大きな石で殴られたような衝撃を感じました。急いで家に帰ると、それまでの停滞がうそのように、進むわ進む。あっというまに数枚の原稿が出来上がりました。
その鼻歌が教えてくれたのは、こういうことでした。難しく考えすぎだ。パジャマを羽織って鼻歌を歌うように、自然体で書けばいいのだ。本なんてしょせんそのぐらいのもの。もっと気軽に書いてみなさい……。
おそらく、きちんと書こうとするあまり、いろんなものが頭にぎっしり詰まっていて、どうにも動けなくなっていたのでしょう。その天の声(?)のおかげで、ずしりとのしかかっていた心の重荷を降ろすことができ、本来の自分のペースに戻れたのです。
どんな仕事もそうなのでしょうが、心のあり方によってパフォーマンスは大きく変わってきます。ふと聴いた音楽や本の一節、あるいは偶然見たテレビなどで、心の状態はがらりと変わるもの。とくに何かを生み出そうとしているときは、いつにもまして、そういうことに敏感になりがちです。
ひさしぶりにライティングに近いことを続けているので、そんななつかしいことを思い出したりしていました。
(ここまで)
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思わずドキッとしてしまう。
説明するまでもなく、結局邪念をどこまで追い払って
物事に集中できるのか、
それに尽きる。
文章を書く時も、絵を描く時も、料理を作る時も、
目の前の人と話をしている時も、そう。
これもSさんに教わったのだが、
ゲーテが、「名作を書こうとしてはならない」という意味の言葉を
残しているのだそう。
あのゲーテさえも、そうなのだから、妙に説得力がある。
「べきべし」で頭がいっぱいになった時には、
この話を思い出して、気分転換をして、まっさらな気持ちで、
また描くなり書くなり、モノ作りをしていきたいものだ。
以上、自戒を込めて、のお話でした。
*Sさん、転載の許可いただき、ありがとうございます◎
引き続き、メルマガ楽しみにしています〜!
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2017.4.11 Tuesday(*KAYO-BI)
Kayo Nomura
*KAYO-BI:毎週火曜日にブログを更新しています。
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