対話って何よ? Dialogue is a Form of New Meditation

2019.01.29


先日、芸術的に美味しい中華料理屋さんに出会った。

噛めば噛むほど口の中で香辛料と食材が混ざりあり、
複雑でありながらも、後味はシンプルで、何を注文しても
いちいち「美味しい」と言いたくなるような、
ご夫婦とバイト一名で切り盛りしている、
こじんまりとした中華料理屋さん。

「美味しいね」「めっちゃうまい」という相槌を
幾度となく打ちながら、話の土台は
「対話とはなんぞや?」について。

⚫︎ 「対話」の定義
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なんで対話について、話をしていたかと言うと
参加者全員が「対話」のプロだったから。

私自身、自分の活動の軸である
「Art Through Dialogue」って
結局何なのだろう?と言うのを
より柔らかく伝えていきたい
と思っていることもあり、

「対話って結局なんのことやねん?」
と自問自答していたわけなのでした。

食事を共にしていた
大学院でズバリ対話について研究しながら
それを生業として全国各地を飛び回っている
Kさん曰く

dialogueの
“di-“とは”through” つまり「何かを超える」と言う意味
“logue”とは”discourse” つまり「論理や真理」を象徴する
と言うことらしい。

この説明だけでは何のこっちゃ?
って感じだけども、噛み砕いて説明すると

「意味の流れを作る」と表現するもの。
これが「対話」の一つの定義だとか。

⚫︎ 自分の言葉で。
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この日、私を入れて4名であーだこーだ言いながら
「対話」について話し合っていたのだけども

結局のところ、自分にとっての意味って何か?
を考えて言語化するプロセスが最も腑に落ちるよね、

と言うところに行き着いた。

と言うのも、いくら定義上はどうこう、とか
人から教えられたものをフムフムと聞いていても

それは、誤解を恐れずに言えば、まるっきり受け身。

受け取ったものを、自分なりに咀嚼して
「こう言うことか!」と納得するプロセスを通すことで
初めて、腑に落ちる、と言う体験が生まれるわけ。

⚫︎ 私にとっての「対話」
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そう考えた時、

私にとって、対話って何だろう?

と改めて、自問自答してみた。

その結果、出てきた答え。

それは
「今ここ」に集中すること。

なんでそれが「対話」なの?
って思うかもしれないけども、

対話って、今ここで行われているもので、
ナマモノで、どんどん変わっていくもの。

その今あるエネルギー感や場の空気、
対話がなされている人と人との距離感等々
全部ひっくるめ対話ってそこに存在するもの。

そう思った時に、対話って
即興で掴みにいくものだなって思ったわけ。

それは、
その場に「今、ここ」で存在することで
初めて可能になるもの。

肉体はここにいても、
頭の中は別のところに行っていたら
その空気感や生々しいエネルギーを感じ取ることは不可能だ。

私にとって、だから、
対話って、「今ここ」に集中することなのだ。

⚫︎ まとめ
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自分の活動に置き換えて考えるとDialogue Drawing
私とお客様との対話、そしてその空気感、場のエネルギー全て
「今ここ」に集中することって、生まれてくるもの。

だからどのような作品が生まれてくるのかは
描かせてもらっている私自身、最後までわからない。

すごく怪しい言い方をすると、
私にとって、対話って、自分が目の前の相手、
さらには、世界とつながっていることを思い出す行為でもある。

これは描くことだけでなく、Soul Art Coachingでも言えること。

まぁ、一言で言うと、ツイッターでも呟いた通り


なんだよね。

さらにわかりやすく言えば、
この中華料理屋さんの料理みたいに
複雑だけど、後味シンプルな定義みたいなもの。
(え、わかりにくい?笑)

⚫︎ 一言 問い
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何気ない言葉を、掘り下げいくことで
自分の活動の軸がより強固になってくると
私は、今、実感しています。

あなたは、どの言葉が気になりますか?
それをなんで、掘り下げたいと思いますか?

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2019.1.29 Tuesday(*KAYO-BI)
*KAYO-BI:毎週火曜日に更新しています。

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